法学部の学生時代から、日記・エッセイ・小説等を書いているブログです。
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サカナクション「ユリイカ」を聴く

4月から7月までの間は、自分の身体が持つのか心配しながらの生活であった。そんな中、サカナクションの「ユリイカ」という曲を何度も繰り返し繰り返し聴いていた。  

 

 

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この曲を知ったきっかけは、録画していたNHKBSのサカナクションライブ2017を観ている中で、ああ沁みるなあと感じたことだ。終盤の「時が震える 月が消えていく」とのフレーズが繰り返されるシーンは、まるで自分の身体が夜の草原に投げ出されて風に吹かれていくような感覚に陥る。

この曲の歌詞について、私は次のようなものだと考えている。

故郷の大切な人、君が髪を夕陽に染めていた姿を思い出す。東京ではビルに遮られ空から夕陽は差し込んでこない。東京の人は冷淡で淋しくないか、などステレオタイプな心配をしてくれるけど、僕はそういう淋しさは感じない。むしろ、多くの人と触れ合う中で、すべきこと、やらなければならないことが沢山でてきて、それに追われる中で1日が終わり、落ち着く時間や自分の時間がない。生き急いでいる感じがするんだ。そうならないように自分に必死で言い聞かせているんだけど。故郷でゆっくりドクダミの葉を摘む母の姿も思い出す。この急かされて目まぐるしい生活に意味があるとも感じられず、苦しいんだ。急かせる周囲と戻そうとする僕との間で時が震えているよ。月が綺麗と言って君が僕に思いを告げようとしても、空はいよいよ狭く月も消えてしまい、僕には届かないよ。この先に救いとなるひらめき(ユリイカ)があるといいなあ。

「君」は故郷にいる異性のことであろう。東京での淋しさはステレオタイプな冷淡さではなく、むしろ多くの人に囲まれ、関わり合って、競争や儀礼や何やらで忙殺され、他人と色々と比較してしまったりして心も落ち着かず、他人のために生きている感じになってしまい、自分を見失ってしまうことにある。生き急がないように必死に抗おうとすると、消耗してしまう。好意の言い換えとして「月が綺麗ですね」という表現があるが、その声も届かなくなってしまう。

タイトルの「ユリイカ」は、古代ギリシャアルキメデスが発見をしたときに叫んだ言葉から来ているといい、この苦しい状況への打開策、解決策を見つけ出すことを求める意であるように思う。この曲中ではその答えは出ていないと思う。インターネットで検索すると、実際サカナクションはこの曲を制作した時期に非常につらい思いをし、体調も崩していたようだ。

私は東京で生まれ育ったが、学生時代の最後には、競争や周囲との優劣の感覚に囚われて自分が何をしていくべきか見失いがちで辛かった。今でも、いつか東京より少し落ち着いた土地に行きたいな、と考えている。以前にも似たようなことを書いた。 

降りて死んだつもりで生きてみる:就活で自殺する人/「雨上がりの虹」について - 順風Essays Sequel

そしてどのように打開するかだが、生き急がないように抵抗して消耗してしまうより、その状況の絶望的な気分に浸り、向き合ってみることが有効であるように思う。以前にも似たようなことを書いた。

絶望に浸るのも大事:今年もあと半月/DAOKOに夢中 - 順風Essays Sequel

ユリイカ」と両A面シングルとなっている「グッドバイ」という曲は、上記のような辛い時期で自然に湧いて出てきた歌詞とメロディということである。最初に「探していた答えはない」と何かすっきりと解決できるような策があるわけではなく、明快な答えを求める姿勢からもさよならして、不確かなものを受け入れ、格闘し歌い続ける中で見えてくるといった内容と思われる。
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このように、自分の心境と重なる部分が多い内容の曲で、とても沁みる。そして、音楽的にも ハイクオリティで頭から離れないリズムとメロディーも魅力的だ。さらに「時が震える」というワードが持つ広がり(上でも書いたように、自分自身の問題というより超然とした空間・世界の問題に引き込まれるような力を感じる)にも惹かれてやまない。これからも繰り返し聴いていきたい。

グッドバイ/ユリイカ