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未来ニュース

小説

【注意】登場人物の名前等すべてフィクションです。名前被り等で不快な思いをされた方は申し訳ありません。

(1)

すべてが順調だった。世界は私を祝福していると思っていた。物心ついたとき、すでに眩しいスポットライトを浴びていた。どこへ行っても特別扱いされ、ちょっとしたわがままも通った。教育番組の人気子役として、その後はティーンファッションのモデルへ。ドラマや映画にも多数出演。この先も何も困難はない、そう思っていた。


とある高層マンションの上層階、地上で繰り広げられている慌しい平日の光景とは無縁なように、ゆったりとした時間が流れている。茶色の艶々した長髪は寝乱れ、オレンジのパステル調のパジャマを着たまま、怜奈(れな)はリビングのソファに寝そべっていた。「はあっ」とため息をつき、大画面テレビの電源を切る。見ていたのは自分が出演したインタビュー番組。「オフの日に取り組んでいることはありますか。」という質問に、「小さい頃からお仕事ばかりだったので、特に打ち込むものがありません。」と少し困った笑顔で答える自分。「大変ですものね。」と話を合わせるアナウンサー。ここで嫌になってやめてしまった。つくづく、自分が空っぽな人間なんだと痛感する。

今日は二ヶ月ぶりのオフの日だった。タレント仲間から遊びのお誘いが来たが、ちょっと体調が優れないといって断った。久しぶりの自分だけの時間、前日まで楽しみにしてあれこれやりたいことを考えていたからだ。しかしいざ休みとなると、何もする気がおきない。暇潰しに写メとってブログでも更新しようか、そう思って携帯電話に手を伸ばしたところ、多数の受信メールの表示があった。誘いを断る理由に「体調が優れない」と言ったのが災いして、これをきいた事務所の後輩などから心配やご機嫌伺いのメールが来ていたのだ。

「はあっ」とこの日二度目のため息をつき、怜奈は携帯電話の電源を切った。そして、再びテレビの電源を入れる。今日はひねもすテレビをダラダラ見て終わりになりそうだ。表示されたのは教育系のバラエティ番組、先輩の女優である吉川由梨が出演していた。大学教授のような文化人と対等にトークをこなす。デビューは遅いものの、多芸多才で頭もよく色々な番組や企画に対応することができる。女や性以外の部分で評価がされ、一目置かれる、怜奈が思い描く将来の理想の姿であった。敏腕の中年女性のマネージャーも、「若さと勢いだけで売れるのには限界があるから、今のうちに他のこともできるようにしていなさい。」とことあるごとに言う。自分もああなれるだろうか、とても自信が得られない、と怜奈は気分が暗くなった。

いや、こんなことではいけない、とりあえず何かしなくちゃ。まずはこの格好、寝起きのままのこんな格好だから考えもだらしなくなってしまうんだ。何か小さな用事を作ろう、そうだ、下の郵便受けから手紙をとってくるのがいい。田舎のお母さんから手紙が来てるかもしれないし―こんなことを思って怜奈は重い腰を上げると、そそくさと用意にとりかかった。いざ決心すると手早い。これまで多くの仕事をこなすことができた所以であろう。

淡い桃色のワンピースに身を包んだ怜奈は、部屋を出てエレベーターで下り、ポストへと向かった。平日の昼間であるためか、人とすれ違うことはなかった。ポストには実家からの手紙はなかったが、不動産屋からのチラシが数枚、デパート等利用しているお店からのダイレクトメールが三通。それに加えて、差出人の名前のない白い封筒がひとつ。宛名と住所は綺麗な文字で書かれている。部屋に戻り、何だろう?と怜奈は特に警戒することもなく中を開いた。すると、インターネットのウェブページを印刷した用紙が数枚出てきた。大手ポータルサイトのニュース記事のようだ。その内容を一目見た怜奈は、気味の悪さに顔が引きつることとなった。

人気タレントの怜奈さん(24)死亡=自殺か、自宅マンション前の路上で発見−東京
 20日午前5時30分ごろ、東京都文京区本郷の高層マンション前の路上で、「若い女性が倒れている」と110番があった。警視庁本富士署によると、女性はタレントとして活躍している怜奈さん(24)で、病院に搬送されたが、死亡が確認された。
 同署は現場や怜奈さんの部屋の状況などから飛び降り自殺とみて調べている。(2011/05/20-7:06)
自分の死を知らせる第一報の短いニュース記事。その日付は今から一年くらい先になっている。青ざめた顔で紙を手繰ると、記事に寄せられた読者からのコメントが大量に印刷されていた。「びっくりした…子供のころからファンだったのに。」「好きだったよなんでうわああん」「ブログでは元気そうだったのに」「ご冥福をお祈りしています。」そんな追悼コメントの数々。その中で「そう思う」のポイントが高いコメントがひとつ、「あの薬物疑惑は本当だったのか?」というものがあった。

「何なの…これ?」

怜奈の手から用紙がはらはらと落ちていった。イジメでよくきく机に花を置くという感じなのだろうか。自分が死ぬなんて縁起でもない。自分の命があと一年くらいと脅しているのか。それに、薬物疑惑というのも自分と無関係なことであるし、薬物というのを見たこともない。それにしても、ページのレイアウトから何から何まで本物のニュースページそっくりである。これを作る労力を割いた人がいると思うだけでもゾッとする。

結局この日は、不思議な封筒の中身について思いを巡らすまま終わってしまった。

(2)

過冷却という現象がある。本当は水が凍ってもいい温度なのに液体のままの状態にある。それが何かの拍子に刺激が入ると、あれよあれよという間に凍っていく。人生においても、とっくに周囲の環境は変わっているのに微妙なバランスで現状維持がされていることがある。そこでいったんヒビが入れば崩れていくのはあっという間だ。そして、そのきっかけとなる刺激は何でもいいのである。


オフの日が明け、再び仕事の毎日となった。怜奈はまだ不思議な郵便物のことを考えていた。単なる嫌がらせならたくさんある。有名であるということは、他人の生活の一部に入り込むということである。好む人であれば歓迎され、ご飯を食べたといった普通では何でもない情報も気がかりとなり経済的価値を生み出す。その一方で、好まない人であれば嫌なことを何度も何度も目にすることになってストレスがたまる。事務所に対して批判の手紙が来ることはしょっちゅうで、割られたDVDなんてのも来る。しかし今まで自宅まで来ることはなかったし、最初がここまで手の込んだものであるとは覚悟ができていなかった。家を出るときも、監視されているのではないかと高まる緊張に苛まれた。

今回このような出来事があって怜奈が気がついたのは、相談する相手が誰もいないということであった。タレント友達は怜奈が幼少の頃から活躍していたため少し敬遠されるところがあり、気軽に打ち解けられる間柄ではなかった。マネージャーの早矢子は上からの指図ばかりで怜奈が悩みを打ち明けることができない。実家の両親には心配をかけたくない。「何でもできて自慢の娘」というのが自分の役割なのだ。こうして誰にも話せずモヤモヤを抱えたまま過ごすはめになってしまった。

「はい、カット!どうしたの、怜奈ちゃん。最近集中できてないよ!」

監督の叱咤が飛ぶ。民放の連続ドラマの撮影だ。終盤に入るのだが、視聴率も伸びず、現場の雰囲気はあまりよくない。毎回、二・三パーセントの統計上の誤差の範囲での数字の上下に一喜一憂する。主演である怜奈も、番組の成功不成功の責任の一端を担う存在である。不成功が続けばスポーツ紙で「低視聴率女王」なんて不名誉な名前が付けられるし、次の出演話が遠のいていく。代わりになる新人は絶え間なく供給されており、一度テレビへの露出が減ると雪崩をうったように仕事がなくなっていくものである。

「まったく。若い可愛いきれいだけじゃいつまでも続かないよ。」

聞こえよがしに監督が不満を言う。こんなことは未だかつてされたことはなかった。怜奈は最近自分が「特別の中の特別」でなくなってきたことをひしひしと感じていた。「すみません、すみません、がんばります。」と言うのが精一杯であった。

「また現場の雰囲気を悪くして!主演の自覚がないわ!」

撮影終了後の楽屋にて、マネージャーの早矢子は追い討ちをかけた。早矢子は過去数々のトップアイドルを育ててきた実績がある。色恋や遊びに走りたがる思春期の女性の生活を厳しく律し、プロ意識を高めることに定評があった。怜奈も小さい頃からマネージメントを受けてきたが、仕事が上手くいっている分には小言も言われにくいし、無軌道に遊びたがる性格でもなかったので比較的指導は厳しくなかった。早矢子から強く叱られないことが怜奈にとっても誇りだった。しかし今、ここでも自分の特別扱いが消えていくのを感じるのだった。

最近ボーっとして危機感が足りないようね、と早矢子は怜奈に数枚のプリントを手渡した。以前インターネットのポータルサイトに掲載されたイベントに関する芸能記事であった。下の読者からのコメントを見なさい、と早矢子は言う。「どうでもいい」「なんでこんなのがトップに来るんだ?」「怜奈はかわいいけど、そろそろ飽きてきた」「かわいいだけで演技の幅がないよな」そんな言葉が並ぶ。

「わかった?あなたはこれからやっていけるか正念場にいるの。今頑張れなくちゃ終わりよ。このコメントはまだいいほう。掲示板ではもっとひどいこと言われてるんだから。それにね…」

怜奈は早矢子の言葉が終わらないうちに立ち上がり、楽屋のドアを開けて駆け出した。インターネットのニュースにコメント欄の組み合わせは、自分の死亡を伝える件の郵便物を思い起こさせる。何でこんな凶器が存在しているのだろう。辛い辛い辛い、逃げ出したい!何も考えたくない!薄暗い非常階段まで辿り着くと、感情が爆発してその場で座り込み泣き出した。成功の指南書は自慢話から眉唾物まで山ほど溢れているが、よい転落の仕方を教えてくれるものはそうそうない。この国では転落後復活する人自体が少なく、滑り台のような転落の恐怖を糧に皆頑張ってるからであろう。

ふと近くに人影を感じ、怜奈は顔を上げた。溢れる涙と嗚咽で気がつかなかったが、非常階段の上から人が降りてきていたのだ。明かりの少ない場所であったが、艶やかな黒髪に気品のある顔立ち、颯爽とした物腰ははっきりとわかる。怜奈が憧れる女優の吉川由梨であった。

「怜奈ちゃん、大丈夫?声かけづらかったんだけど、心配になって。そっとしておいたほうがよかったかな?」

思わぬ事態に戸惑ったが、厳しい言葉を投げられていたところに憧れの人から優しくされ、さらに感情が高まってきた。声をあげて泣きたいところをやっとのことで我慢して、怜奈は首を横に振った。

「よかった。怜奈ちゃんがそんなに辛そうにしてることって見たことないから、すごく心配になったの。」
「すみません、心配かけちゃって…。」
「いいのよ。誰にも辛いことはあるし。私だってさっき屋上で泣いてきたんだから。」
「本当ですか?信じられない…。」
「本当よ。いい仕事をすればするほど辛いことも悩みも出てくるんだから。でもそんなときは我慢しないで泣いちゃうのが一番よ。」

由梨は微笑み、怜奈の頬に手を差しのべた。怜奈は静かにその手を受け入れ、優しく撫でられた。涙で濡れた頬は次第にきれいに潤っていった。

「何だか元気になってきました。ありがとうございます。」
「いいのよ。辛いことも乗り越えて、お互いがんばりましょうね。」

由梨は去り際に振り返り、以前共演したとき交換した連絡先はいつでも使っていいから、気軽に相談してねと微笑んだ。怜奈は感謝の言葉を送り、しばらくその場で思いを巡らせた。自分よりも上の存在である由梨でも泣きたくなるような悩みを抱えていること、その由梨が自分に手を差しのべてくれることには強く勇気づけらる。また、いい仕事をしているからこその悩みというのも救いになった。自分の苦しみはこれまでトップで活躍していたからこそのもので、特別なんだという思いがした。「特別」ということに心の拠り所があるのかな、と怜奈は想到した。

この出来事で怜奈は心の重荷が幾分取り払われ、無事ドラマの撮影を最後までこなすことができた。相談相手になるという申し出それ自体が心の支えとなり、相談事を消してしまったようだ。まだ由梨に頼らなくても自分で何とかやっていける、そんな気持ちになり、由梨に電話をすることはなかった。しかし人気の維持という問題は事が大きく、ひとりで立ち向かうには荷が重く、逃げ出したい気持ちにも何度か駆られた。ほどほどの活躍でほどほどに楽しく生きる、そんな後輩タレントたちの姿が羨ましくもあった。

(3)

自分が苦労しているとき、あの人たちは気楽でいいな、と思うときがあるかもしれない。しかしこれは当人たちの労苦を見ていないから言えることだ。楽しそうに見えても、目標に届かない喪失感を紛らわす気晴らしであることもある。期待があれば不安があり、賞賛があれば批判があり、希望があれば叶わぬときの絶望がある。安楽があれば刺激を欲し、注目があれば逃げ場を欲する。生きるというのは表裏を抱えて進むことだ。


数ヶ月経ったある日の夜、怜奈は所属事務所にいた。社長とマネージャーの早矢子を目前にしてる。張りつめた空気。このままでは次々クールのテレビドラマでの出演がゼロという事態になったのである。配役が決まっていない数少ない残りの枠について営業をかけることとなった。社長によれば、どうやらUテレビでは怜奈のことがリストアップされているが、役柄が今までと違うため内部で慎重論があるらしい。そこで最終決定権を持つプロデューサーと話をして不安を脱ぎ去ってもらおう、ということであった。

話し合いの場所は都内の高級ホテル。事務所の車で移動する。隣に座る早矢子は険しい顔をして何も話さない。「役柄が今までと違う」というのなら予備知識を得てアピールのための準備をしたいところだ。しかしそういう話が全く出てこないところ、怜奈は話し合いがどういうものか薄々感じていた。上層階の部屋の前に着くと、早矢子は「不愉快な思いはさせないようにね」とだけ言った。ノックをし、「どうぞ」という声に応じてドアを開けると、窓側に向いたソファにどっしりと座ったプロデューサー・悪沢の後姿が見えた。マネージャーはそそくさと挨拶を済ませて出て行き、怜奈と二人だけになった。

「お久しぶり。『A氏の憂鬱』以来だね。2年くらい経つかな。」

悪沢はゆっくりと振り返った。怜奈はぎこちなく「はい」と答えた。不自然な間があく。悪沢はフッと笑い、手にしていた冊子を振りかざし、口火を切った。

「いま件のドラマの企画書を確認していたんだ。君にもどういうものか説明するよ。」

企画は次のようなものだった。いまは社会が閉塞感で一杯だ。しかも長期にわたっている。不景気の始めは空元気に頑張れというメッセージが受ける。でも暫くすると頑張っても報われない、成功できないという事態に疲れてくる。現に必死に働いても賃金も上がらないし会社の業績も上がらない状態だ。すると「楽しくできればいいじゃない」という成功への努力を放棄する作品が受ける。ほんわかとした日常を描くものだ。しかしこれはアニメの専売特許で、ドラマでは再現しにくい。しかも段々とゆるゆるの日常では刺激が足りなくなってくる。そこで求められるのは、現実を忘れられるような奇天烈で底抜けに明るい作品だ。これはドラマでも十分戦える。すでに不条理コメディで人気のある雌野九官鳥氏が脚本につくことが決まっている。

「そこで、だ。」

悪沢は勢いに乗って話を続ける。怜奈は意外に真面目な話であることに驚くとともに、警戒していた自分に少し反省をした。

「怜奈ちゃん、君はまだ若い世代の女性の興味を引くネームバリューがある。そして今まで清純派で爽やかな青春モノばかり出ていた君が大きく役柄を変えるということはインパクトがある。それに、ちょうど君を熱烈に支持してきた世代も暗い社会に未来を阻まれ喪失感を抱いている頃だ。社会現象をつくることが期待できる。」

怜奈は小さく頷く。

「僕らは再び社会の流れをリードできるものを作りたいんだ。インターネット等の発達で影響力は目に見えて下がっている。時代の先端を提案してテレビの復権を狙っている。Uテレビとしても大きな期待がかかっている。」

ここで悪沢は一息入れた。立ち尽くしたままの怜奈に気がつき、椅子に座るように促した。怜奈は言われるまま鏡台の椅子に腰を下ろした。悪沢は怜奈が落ち着くのを確認すると、声のトーンを落として話を続けた。

「しかし、社内では君以外の人を推す声も強い。繭香(まゆか)は知ってるだろう?」

「はい」と怜奈は答えた。繭香は怜奈よりも下の世代で、屈託なく底抜けに明るいキャラクターが売りのタレントだ。大人しく少し影のある怜奈とは対照的で、今やティーンに大きな支持があり、飛ぶ鳥を落とす勢いがある。それにドラマに出演したことはまだない。

「彼女はいまとても勢いがあるし、ドラマ初主演というのも話題性十分だ。役柄もちょうど合っている。それに事務所の力も強くて、売込みが激しい。新星がこの企画を担うことも十分に考えられる、というわけだ。」

悪沢は怜奈の反応を見るように顔を覗き込んだ。怜奈は塞ぎがちに視線を落とす。悪沢はニッと口角を上げて歩み寄り、後ろから怜奈の肩に手を置いた。

「どちらも甲乙つけがたい。社内の意見はまとまらなかった。そこで僕に最終判断が任されたんだ。明日の午後の会合で決まることになる。僕としてもこうしてホテルに篭って考えているんだが、どうにも決心できない。最後の一押しが必要なんだよ。」

怜奈の小さな肩は震えた。やはりこうなるのか。自然と目を瞑った。売れない後輩たちはこういうことをやらされているのだろう。ほどほどの活躍は気楽で羨ましいなんて間違いだ。これまでの自分の悩みは贅沢であったと身に染みて感じていた。

「最後の一押し。わかるよね?」

耳元で囁く声に対して、怜奈は微かに頷いた。


(ブログ規約遵守のため削除)


「楽しくないかな?」

悪沢の声に怜奈はうつむく。楽しいわけないじゃないかと食って掛かりたいところであるが、そういうわけにはいかない。次の役では今までの自分と180度違うことをやるのだから、このくらいは演じることができないと話が反故になってしまう。

「こういうこともあろうかと思ってね、魔法を用意したんだよ。ちょっと待ってて。」


(ブログ規約遵守のため削除)


朝の陽光のような眩しいスポットライトに照らされて、怜奈はインタビュー番組のスタジオに入っていった。待ちに待ったかのように湧き上がる拍手に歓声に驚くアナウンサー。そう、新しいドラマは大成功となったのだ。時に奇抜な衣装を着て、時に奇声をあげて、ドタバタ走り回る。怜奈の変わり様に世間は度肝を抜かれ、大きな話題となった。特に電車の網棚で横になって眠るシーンは真似する人が現れ、ワイドショーに取り上げられた。脚本がよかったおかげで作品の文学的評価も高く、怜奈は演技の幅が広い実力派として認められるようになった。既存のファンが離れることも心配されたが、歓迎する声が多数であった。

「オフの日に取り組んでいることはありますか。」という質問がされる。怜奈はにこやかに笑って新進の美術や映画を観に行くと答える。その理由は、繊細な感性をもつ人たちの作品に触れ、時代が求めているものは何か考えたいから。「いつも時代をリードしていきたいんです。」と自信をもった発言。自然と湧き上がる会場の拍手。アナウンサーは前回から大きく成長しましたねと驚嘆する。作品との出会いが成長させてくれましたとの返し。続いて、脚本の雌野九官鳥氏からのコメンタリ「彼女はとても勉強熱心で私も大変刺激になっている」と誉め言葉。

テレビを消す気力もなく、怜奈は自宅のソファの上で仰向けに寝そべっていた。久しぶりのオフの日である。栗色の髪は乱れに乱れ、目の焦点は定まらず、天井がぼやけたりはっきりみえたりを繰り返した。インタビューを振り返る。「時代をリードする」とは悪沢がいつも言っていたことだ。空っぽの人形は操り人形になった。大人になったとは嘘をつけるようになったことだ。自分を裏切る罪悪感が高まり、反省と思考の影が近づくと悪沢に連絡をし「魔法」をかけてもらう。

逃避に逃避に逃避を重ねて自分の心身はボロボロになってるのに、周囲は賞賛の嵐で、皆は「成長した」と言葉を投げかける。マネージャーの早矢子はドラマの撮影で「ふっきれたようね。皆こうして成長していくの。あなたは私が扱った中で一番だわ。誇りに思う。」と最上級の賛辞を送った。プロデューサーの悪沢は「僕も楽しいし、君も精神的に成長した。お互い仕事では大成功だ。いいことばかりだな。」と会う度に得意そうに話す。

しかし本当に成長なのだろうか。彼らの話を思い出すたび涙が溢れそうになる。詳しいことは知らなくても「魔法」が身体に悪いものであることは素人的にも意味を認識している。このままの生活が長続きするとは到底思えない。この日は悪沢に会えないから、内省的な性格が戻ってきてしまった。反動で激しい後悔がこみ上げてくる。ソファの上で怜奈はのた打ち回った。

その拍子にソファから落ちた怜奈だったが、一緒にテレビのリモコンにさわったらしく番組が切り替わった。そこには、吉川由梨が相変わらず文化人相手にトークをしている姿が映った。以前辛くて階段で泣いているときに優しい声をかけてくれた人。今でも安定した活躍をして、公私充実している人。この人なら私の問題を解決してくれるかもしれない。相談するのは今しかない。とにかく洗いざらい話してしまいたい。そう思って、携帯電話をまさぐり通話のボタンを押した。

「はいっ、怜奈ちゃん、お久しぶりね。」

電話の向こう側の声は相変わらず暖かいもので、怜奈はそれだけで心のつかえが取れるような気がした。涙が溢れ、言葉にならなくなった。「はい」という受け答えさえも十分にできない。

「どうしたの、怜奈ちゃん。大丈夫?辛いの?」

心配そうに由梨の声が響く。怜奈は肯定の意思を伝えるだけで精一杯だった。結局話にならないので、由梨のスケジュールが空く月末に由梨の自宅で会う約束となった。

「それまで我慢していられる?めげちゃだめよ。」

怜奈は何度も何度も頷いた。これでもう少しやっていける希望が出てきた。電話をしてよかったと心から思う。由梨に一方的に依存しているのは申し訳ないが、今はそうでもしないと壊れてしまいそうなのだ。いつか落ち着くことができたら、最大限のお礼をしよう。そう心に誓うのだった。

しかし、約束の日の前々日、とんでもないニュースが飛び込んできた。

「女優・タレントの吉川由梨さん、自宅で遺体で発見。自殺か。」

(4)

人はとかく因果を語るのが好きだ。悪い結果には悪い行いがあると言い、よい結果にはよい行いがあると言う。偶然を偶然と認めるよりも、神が機転を利かせて導いた運命だという説明を好む。荒れ狂う現実への恐怖なのか。報いがないと希望が沸かないのか。何でもいいからカタをつけないと前に進めないのか。これから起こる出来事には、どんな因果が被せられることだろう。


「ちょっと!騒ぎを起こさないでよね。この前も奇行がどうのって書かれたでしょ。」

事務所の一室で早矢子の声が響く。しかしその口調はそれほど厳しいものではなかった。清純派から演技派・実力派としてイメージが移ったため、少しの逸脱は許されるようになってきた。最近では、今まで我慢してきたから恋愛でもしたらどうなの、とまで言われるようにもなった。奇行というのは、以前元スーパーアイドルの有明紀子が覚せい剤で逮捕され、芸能界の薬物汚染が話題となったとき、怜奈も奇行をしていそうで怪しいとタブロイド紙が書いたことだ。しかしこれは役柄のせいだろうと誰もが笑い飛ばし、全く相手にされなかった。

こうして和やかな雰囲気での注意だったのだが、怜奈は虚ろな目で下を向いていた。今回の騒ぎというのは、外を歩いていたところ変装を見破ったファンに見つかって追いかけっこになってしまったというものだ。怜奈がいるとの話がインターネットのミニブログで拡散され、多くの人が集まることとなってしまった。怜奈はタクシーを捕まえてほうほうの体で逃げ出した。まあ、これ自体は人気者の宿命で悪いことではない。怜奈が落ち込んでいるのは、この騒ぎでカウンセリングの予約に間に合わなくなってしまったからであった。

由梨の突然の訃報に衝撃を受けた上、自身の相談ができなくなったことで怜奈の精神はいよいよ追い込まれてきた。必死に模索したところ、青山に評判のカウンセリングをする心療内科があることを知ったのだった。安易に薬に頼らず、考え方に新しい道筋を提案することを心がける。秘密厳守。怜奈は自分の問題は薬で解決できるものではないと感じていたので、思い切ってこれにすがることにした。何度も躊躇した上でやっとのことで電話をかけ、予約をとったのだ。他の誰にも内緒。変装をして、辿り着くはずだった。それがフイになってしまった。再び予約をとる勇気は出てこない。

「由梨さん。私が重荷になってしまったのかな。」

怜奈は事務所の窓から景色を眺めながら、由梨のことを慮った。自分が一方的に頼ることで負担をかけてしまったのかもしれない。優しい言葉で自分を救ってくれたお礼もできないままいなくなってしまった。由梨の死からは数週間が経ったが、不自然なほど続報がなかった。葬儀は身内だけでひっそりと行われたらしい。大女優の死で世間的にも大きな衝撃だったのだが、テレビも新聞も雑誌もこれまでの業績を伝えて追悼の意を示すだけで余計な勘繰りを一切しなかった。一目置かれていた人にはこのような送り方がされるのかな、という印象であった。

ふと気がつくと、事務所のビルの前にタクシーが停まり、初老の夫婦が降りてきた。怜奈が自然と目で追うと、事務所に入っていった。普段見慣れないお客に何だろうと不思議がっていると、奥のほうで扉をノックする音が聞こえてきた。早矢子と夫婦が何やら話している声も聞こえてくる。しばらくすると怜奈の元へ早矢子がやってきて、用件を伝えた。

「怜奈ちゃん、吉川由梨さんのご両親よ。」

怜奈がはっと振り向くと、初老の夫婦が歩み寄ってきた。手には大事そうに封書を抱えている。その封書は怜奈に差し出された。封は完全に閉じられ、表には怜奈への宛名がある。由梨の机の奥から見つかったらしい。由梨の両親宛てへの手紙の中には、怜奈と会うことができなければ机の奥から出して渡してほしいと書かれていたそうだ。相談の約束事を果たすための誠実さが感じ取れる。怜奈は涙を浮かべながら、胸に封書を抱えた。そこへ由梨の両親は不思議なことを言ったのだった。

「これを読んで何かわかることがあったら、警察にも連絡してほしい。」

警察とは何だろう。もしかしたら由梨の死には不審な点があるのかもしれない。胸の高鳴りを抑えながら、怜奈は自宅へと戻った。そしてゆっくりと封を開ける。そこには便箋にして十枚はあるだろうか、とても長い手紙が入っていた。彼女の立ち居振る舞いと同じような綺麗な字で紡がれている。怜奈はおそるおそる読み始めた。

「怜奈ちゃん、これを読んでいるということは私が相談の約束を破ってしまったことになるのでしょう。ごめんなさい。でも私には貴女の悩みがどんなものか想像がついています。Uテレビのプロデューサー、悪沢繁、あの悪魔が絡んでいるのでしょう。彼の口から貴女の名前を幾度となく聞きました。そう、私も悪沢と関係をもち、仕事をしてきたのです。そして、今回貴女との約束を破る原因も彼によるものだと断言できます。どういうことなのか、まずは私と彼の因縁の始まりからお話します。」

「私には妹がいました。由香という名前です。妹はタレントとして活動をしていました。といっても貴女のように華々しい活躍はできず、小さい雑誌に載るといった程度のものでした。そこへある仕事をきっかけに悪沢と知り合いになりました。悪沢は由香に目をつけ、テレビの仕事を与えました。そのかわり妹は彼に奉仕を続けました。しかしある夜、何の事故かわかりませんが、妹のアパートで彼は妹を死に至らしめてしまったのです。警察や医師の判断で妹は病死であると扱われました。両親もその事実を受け入れました。それでも私は妹との普段の電話から不審な点を抱いて悪沢に問い詰めました。すると彼は妹の死に関わっていることを認めたのです。」

「その頃彼はドラマでヒットを連発して上り調子でした。自らの有望なキャリアが失われるのをひどく怖れていました。そして、妹の死を追及する私に対し、交換条件を出したのです。その頃私は大学を出たもののよい就職口がなく途方に暮れる状態でした。その事情を知ってか知らずか、私を女優としてデビューさせ必ず成功させると言い出しました。私は妹を踏み台にして自らの仕事を得ることに躊躇し、数日間悩みましたが、結局彼の提案を受け入れました。このことは彼と私以外知らない、墓場まで持っていかなければならない秘密です。」

「私は女優の才があったのか、仕事は順調に進みました。必ず成功させると言った手前、悪沢が環境を整えるのに苦心したのかもしれません。大学で勉強していたおかげで、質のいい仕事も多く得ることができました。そんな中、悪沢は貴女と出会いました。彼は貴女に大きな魅力を感じていました。今後数十年不傑出の女優になれると私に語ることもありました。そして彼の希望は叶い、貴女と多くの仕事を一緒に行い、大成功を収めました。」

「悪沢は野心家です。ゆくゆくは世界で認められる映像作品を作ることを夢見ていました。怜奈ちゃん、貴女と世界に打って出たいと夢を具体的に語るようになりました。これに専念したい。そこで私に仕事の世話をするのが邪魔になったのです。彼は私に、もう一人で十分仕事をとることができるから関係を終わりにしようと持ちかけました。私は今まで彼の成功を見てきましたが、最初の経緯の通り、彼が世界的な成功を収めるに値する人間とは思えませんでした。彼がそこまでの人物になってはいけない、そう確信していました。でももしかしたら自分が捨てられることが嫌だっただけなのかもしれません。」

「私は彼の近くにいて、彼の弱点を多く知っていました。妹の死に対する良心の呵責があったのか、薬物を使用して気を紛らわせていました。私は警察に妹の死と薬物の使用を告発すると脅しました。彼は私の攻撃に戸惑いました。そして、有形無形の圧力をかけはじめました。他人を雇ってストーキングをさせました。テレビ局のトイレに見知らぬ男が無理やり入ってきてナイフを突きつけられ脅されることもありました。しかし私は対抗して告発の準備を続けました。それに応じて身の危険も強く感じるようになりました。もういつ自分が何らかの形で消されるかはわかりません。」

「もし私が彼と刺し違えて悪沢を失脚させることに成功したら、貴女の仕事に支障が出てくるのは確実です。しかし貴女は悪沢がいなくても十分立派に活躍ができると確信しています。一時期落ち込んでも、悪沢の魔の手から離れて、真の成功を収めることができます。私から見ても貴方は輝くスター性を有し、後世語り継がれる女優になれるだろうと思います。もしトラブルがおきても、しっかりと自分をもって進んでください。絶対大丈夫です。貴女の輝く姿を想い浮かべながら、この手紙を終わりにします。」

怜奈の手は震えていた。あまりに衝撃的な事実の数々に思考がまとまらなかった。悪沢の真の姿、由梨が抱えていた闇の部分、全てが彼女にとって信じられなかった。由梨が怜奈に特別優しい言葉をかけたのにも、事情があったのだ。由梨は正義のため、そして怜奈のために自らの命を投げ打ったのだ。しかし由梨には怜奈のことについて知らなかったことがある。怜奈自身も薬物に溺れ、問題が露見すれば自分も一緒に地位を失い二度と戻ることができないということである。

呆然と立ち尽くしていたところ、怜奈の携帯電話がけたたましく鳴り響いた。放心状態のまま電話をとると、マネージャーの早矢子からであった。いつになく落ち着かない様子だ。

「怜奈ちゃん、今すぐテレビをつけなさい!」

怜奈は言われるがままテレビの電源を入れた。深夜時間帯で何があるのだろう。ぼんやりと画面が映るまで待っていると、目に飛び込んできたのは、緊急ニュースであった。

「Uテレビのプロデューサー・悪沢繁氏が覚せい剤所持の現行犯で逮捕。警察は先日亡くなった女優・吉川由梨さんの殺人容疑でも立件を検討。」

何というタイミング、由梨の執念が実を結んだのだ。警察署前で記者が盛んに事態を説明している。繁華街での職務質問覚せい剤が見つかったのことだ。この報道体制の準備のよさ、事前に用意されていたのだろう。由梨の死の報道が異常に少なかったのも捜査のため自粛が申し合わされていたのだと説明がつく。

「あなた悪沢さんに何をされていたの!?」

早矢子の問いかけに怜奈は答えることができない。

「あなたが帰ったあと、青山の心療内科から電話があったのよ。本当は守秘義務に反するから言えないのだけれど、あまりにあなたの電話での様子が深刻だったから事務所として把握しているのか確認があったの。」

怜奈は気が遠くなりそうだった。全てが音を立てて崩れていく感覚になった。

「ばかね、一人で抱え込んで。どうして言ってくれなかったのよ!・・・いや、ごめんなさい。見抜けなかった私がだめなんだわ。これだけあなたが苦しんでいるのに、何も気付かず、呑気によくやったとほめてばかり。あなたを悪沢に近づけたのも私。なんてこと!あなたを全然理解してあげられなかった。地方から出てきて一人でいるあなたに一番近くいながら…!ごめんなさい、ごめんなさい…。」

早矢子は涙声になりながらまくし立てる。怜奈も何も言うことができないまま涙が溢れ出てきた。

「とりあえず落ち着くのよ!今すぐあなたの家に行くから!」

早矢子からの電話が切れた。怜奈のマンションまでは三十分といったところだろうか。怜奈はテレビを消した。深夜の静寂が再び訪れる。悪沢が警察で自分のことを喋らない理由はない。もう命運は尽きた、そう感じた。こんなことなら清純派のまま静かに業界から消えていったほうがよかったのかもしれない。自嘲気味の笑いが出てくる。ふと手にした携帯電話に目をやると、実家の電話番号が目に入った。何かの拍子で短縮ダイヤルのボタンを押してしまったのだろう。怜奈はそのまま通話のボタンを押した。しばらくのベル音が続いたあと、電話がつながった。

「あら、怜奈ちゃん、どうしたの、こんな遅くに。」

懐かしい母親の声に、それだけで感情が爆発しそうになる。

「えっと…。ちょっと、眠れなくてね。」

怜奈は本当のことを告げることはできなかった。この暖かさを裏切ることはできない。

「仕事でつらいこと、あったの?」
「うん、まあね。でもお母さんの声をきいたら大丈夫になったよ。」
「まあ。うふふ。」
「そう、今度のお母さんのお誕生日のプレゼント、宅配便で送ったから。もうすぐ届くと思うから誕生日になったときに開けてね。」
「いつも本当にありがとう。でもわたしにとっては怜奈ちゃんの声をきけることがいちばんのプレゼントよ。」
「うん・・・。」
「わたしもね、怜奈ちゃんに送ったよ。グレープフルーツの詰め合わせ。怜奈ちゃん子どものころ大好きだったでしょう?半分に割ったグレープフルーツをスプーンで食べるんだけど、不器用で少ししかとれないの。それでも頑張って頑張ってスプーンを動かして全部食べ切って。とってもかわいかったわ。」
「やめてよ、そんなはなし…。」
「食事はきちんととって、元気にがんばるのよ。お母さんはいつだって怜奈ちゃんのこと応援してるからね。」
「うん…。」

電話は終わった。怜奈の顔は涙でくしゃくしゃになった。将来を憂いもせず、目の前のグレープフルーツと格闘していた子供の頃。あの頃が自分の人生で最も幸せなときであった。どれだけ名声を得ても、どれだけ賞賛を得ても、どれだけ特別扱いを享受しても、あの頃の幸せに勝るものはない。

怜奈はベランダへと向かった。外は雨が降ってきていた。見下ろすと漆黒の闇の中に水の粒が際限なく落ちていく。落ちた雨は川へと流れ込み、海から蒸発して再び雲を作り、落ちてくる。私もあの頃に戻れるだろうか。無邪気な一人の人間から空っぽの人形になり、操り人形になり、操り師がいなくなった。操り師がいない操り人形は空っぽの人形より惨めだ。糸が見苦しく散乱し、自ら立つこともできない。終わったのだ。全ては終わったのだ。

怜奈は身体を小刻みに震わせながら手すりの上に立ち、静かに目を閉じた。

この後、早矢子が間に合ったのか、電話を不審に思った怜奈の親が手を打つのが間に合ったのかはわからない。ひとつだけはっきりとしているのは、これが2011年5月20日に日付が変わって数時間経った頃の出来事だということである。

あとがき

はじめに

これから書いた意図のようなものを綴っていくが、これは読み方を限定するものではない。自由な読み方をしてもらって、突き合わせる材料・参考のためとして使っていただければ、というつもりである。また、同じように創作をしている方と作る過程などについてお話をしたいな、という願望もある。

主題について

「未来ニュース」がどういう話かというと、トップアイドルである怜奈のもとに一年後自分が死ぬニュースが書かれた予言のような手紙が来て、それをきっかけに実際に同じ結末を迎える、というものだ。予言それ自体が予言の内容を実現させるという話の筋自体はとりわけ突飛ではなく、「未来ニュース」というタイトルと(1)までの内容で結末は容易に予想できるだろう。

しかしその後の展開では、単に転落が続いていくわけではなく、我慢→大逆転→急転直下という触れ幅が大きい動きをする。また、その中身の経緯も、何年も前からの由梨と悪沢の因縁のようなものも登場するように、複雑にしている。怜奈が最後に自殺に追い込まれるとしても、その原因は何だったのかを考えると様々なものがあって簡単には言い切ることはできない。最後の結末も怜奈が死んだとは明言せず、予想を小さく裏切るようにしている。仮に助けられたら、「怜奈は素直な性格だったから救われた」など、それまでの経緯が解釈し直されるのではないか。このように、一見一直線である展開が、多様な解釈と幅広い想像をもたらすというのが構成上の狙いである。

そして、(4)の冒頭で、色々と物事の因果を考えるけれどそれってどうなの?と問題提起をする。これが今回の話の主題である。事実と事実のつながりについて様々なことが言われるが、そう思い込みたいという部分が大きいのではないか、冷静に見ると「なんとなく」や偶然の積み重ねというだけではないか、という感じである。

私は法学をやっているが、司法が扱う事件も、犯行の動機など原因を探求する作業がある。私はまだ十分に訓練する機会を得てはいないが、報道等に接する限りは真実を探求するというより社会としてケリをつけたいかたちで解釈しているという印象を受ける。個人的な強みとして、こういう部分の探求を通して一般予防や特別予防に役立つことができればな、と思っている。

各回ごとに振り返る

それでは、全4回を順に振り返って、各記述の意図や反省点などを書き留めていくことにしよう。

(1)は導入と伏線出しの回である。インタビューのテレビ番組とそれに対する怜奈の反応は(3)の後半において対照的に現れるようにしている。由梨の存在を出し、また怜奈が母親思いであるという点も出している。ただ、母親との関係は伏線として強くなく、(4)の最後でかなり重要な役割を果たしているのが唐突な印象を与えてしまうだろう。朝ご飯として楽々とグレープフルーツを食べるシーンを追加すると最後がより映えるかもしれない。今後加筆することがあれば検討したい。もっとも、あまり伏線ばかり積み重ねるとダレてしまい、(1)もすでにダレ気味なところがあるのでテクニックとして難しいところがある。

(2)は、過冷却の話で怜奈が転落していく暗示があり、ニュースが元でドラマがうまくいかない、マネージャーにも叱られる、と怜奈が苦しむものの、由梨の登場で何とか踏みとどまるという回である。「特別扱い」という点をキーワードに怜奈の境遇が悪化していくことを表現している。「特別」にこだわる怜奈の態度は直接的にこの後の展開に出て来ず、まだ上手くないなあと思う。怜奈は頼ることばかり考えているが、屋上で泣いてきたなどこの時点で由梨が深刻な問題を抱えていることが暗示されている。

「有名であることは他人の生活に入り込むこと」というのはダンバー『言葉の起源』から基本的なアイデアを得ていて、いわゆる有名税についての自分の見方を示したものだ。こうしてちょくちょくエッセイに書くような話を交えつつ進めていくのが現在のスタイルである。話の展開ごとに小さな教訓が挟まれることで間延びを防ぐ効果も期待している。「滑り台のような転落の恐怖を糧に皆頑張ってる」と言う部分は湯浅誠『反貧困』を意識している。

(3)は怜奈がいわゆる枕営業を強いられるが、それをきっかけに仕事で大きな成功をする。しかしその反面で精神的にはさらに追い込まれ、由梨にすがりつくが、あと少しというところで由梨が謎の死を遂げる、という展開である。最初に享楽的な人でも心から楽しんでいるとは限らない、人は表裏を抱えつつ生きていると教訓めいたことを述べる。怜奈はこの教訓の通り成功に及ばない人の気持ちを身をもって知り、その後表裏が大きく乖離した人物になっていく。またその後由梨と悪沢についても表裏を抱えて生きていたことが明らかにされていく。この主要な登場人物を貫く生き様は話の副主題でもある。怜奈を食う悪沢は、この時点では絶対悪の人物とは言い切れない。野心が強く仕事熱心で、性の倫理観についてもこうして割り切っている人は結構いるように思う。

(4)は薬物疑惑の伏線回収とカウンセリング不成功で相談という選択肢が断たれたことから始まり、由梨の真相告白と悪沢の逮捕が立て続けに起こり、怜奈の失脚が確実視される状況になる。最後親に助けを求める機会があったがこれまでの自分を変えることができず、結局自死を選ぶに至る、という展開だ。人が死ぬというのは非常に大きなことであって、そうそう簡単な理由では足りない。そう思ってこれでもかと原因を重ねていったらとんでもない不幸な状況ができた、というのが正直なところである。

グレープフルーツと格闘していた子供の頃を思い出し、名誉や成功等大人として求めるものを得ても足りず、これに戻りたいという思いが怜奈の最後の意思の決定的な動機となっている。小児期が最高の幸せと言うのは、ニーチェの超人思想がラクダ→獅子→小児の変化のプロセスとしていることが背景となっている。小児は無知ゆえにそれを行うが、成人としては全てを知ったうえで小児に辿り着くのが理想である。怜奈はこのことを自覚するに至ったが、現世で達成する方法については何も思いが及ばなかった。もっとも、(1)でも述べたように、この部分は十分に伏線を張っていないため唐突な感じがすることは否めない。

その他四方山話

今回の登場人物の名前のうち、「れな」「さやこ」「ゆり」「まゆか」は北崎拓氏のマンガ『さくらんぼシンドローム』が元になっている。もっとも、名前をモチーフにしたというだけで性格等は全く異なっている。同じ作者の『なぎさMe公認』が自分の中高の頃の青春の代替となったマンガで、ずっと著作を追いかけている。非カラー原稿の絵の圧倒的な上手さと、週刊連載で読者の興味を続けさせる毎回の小さなクライマックスと次回への引きの上手さがとてもいい。

このブログは「日記・エッセイ・小説」と謳ってる割に小説コンテンツが不足気味だったので、今回ひとつ加えることができて嬉しく思っている。自分が小説を書く動機として、エッセイという自分の体験・思考では表現しにくいテーマについて架空の人物に言わせてしまえ、というものがる。エッセイの延長線なので、書き方が似ていて、パラグラフ書きが基本となっている。たぶん原稿用紙に書いたら1枚に1・2段落とかになるのでこういう書き方はしないだろう。文体というのは面白いもので、ライトノベルの「狼と香辛料」は主人公ロレンスの独白で1行ごとに改行して最後まで突き抜けるというもので、最初見たときはとても驚いた。

(3)で出て来る「ブログ規約遵守のため削除」というのは、性表現が含まれる部分について削除をしたものであるが、削除前の本文があるわけではなく、これも作品の一部である。表現規制が大きく問題となっている状況で、ひとつ考えていただけたらな、と思う。話の筋として不要、削除で十分!となるかもしれないが、不自然さを感じていただけたら幸いである。

未来ニュースの記事はYahoo!ニュースに載る時事通信の記事とコメントがモデルである。有名人が見つかって街で騒ぎというのは原宿ツイッター事件(?)をモチーフにしている。インターネット社会にあわせた展開となっていると思う。インターネットでは最近は長文が好まれなくなっているように感じていて、動画化するのがいいのかな、と思っている。BGMとか挿絵・朗読ボイスが必要になるが、今後のひそかな野望として考えている。