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「真田丸」信繁(幸村)ときりが夫婦になる展開を考える

真田丸」 あれっ、きりは信繁(幸村)の側室にならないの?

www.nhk.or.jp

私はもともとNHK大河ドラマ、朝ドラを含め、テレビドラマを観る習慣はなかったのだが、今年の大河ドラマ真田丸」は毎週観ている。ちょうど放送開始の1月に旅行で上田城などを訪れ、ゆかりの地を回ったこともあり、興味があって観始め、何度か挫折しかけたがテレビの連ドラ録画機能のおかげで続いている。史実がある関係で展開が読める大河ドラマだが、真田丸は意外な展開も多い。その中で、私が最も意外と思ったのは、どうやら「きり」が信繁(幸村)の側室にはならなそうだ、ということだ。

毎週観る中で、長澤まさみ演じるきりに注目していた。きりは主人公・信繁の幼馴染として、序盤から終盤まで常に行動を共にしている女性だ。序盤では現代言葉で違和感がある、余計な行動をするなど何かと話題であったが、終盤に差し掛かった現在ではすっかり定着し、ポジティブな話題が占めるようになった。高梨内記の娘で、史実では、信繁の側室になり、子をもうけ、その子は大坂の陣後も仙台藩で生きていくとされる。序盤から様々なところでゆくゆくは側室になると書かれていたので、すっかりそういう展開が来るのだと思って毎回観ていた。

ところが、九度山生活が終わった時点までに、きりが信繁の側室にはなっていない。それどころか、信繁や正室の「はる」に諦めととれる話をしている。もはやきりが信繁の側室になる展開はなくなったと考えざるを得ない。インターネット上でみる限りだが、制作側としても最初は側室になる展開を視野に入れていたがやめた、ということらしい。この展開がなくなった理由を勝手に考えてみると、次の2つが浮かんできた。

1:信繁がきりを突き放しすぎた

きりは、上田で梅から信繁への好意を指摘されてこれを自覚するに至り、その後は上杉や秀吉の場所にも押しかけるように着いていくなど、積極的な行動をとる。2人の関係が進展しなかったのは、信繁に気持ちがなかったことによる。そして、きりが秀次の側室になる話が来たとき、信繁がそれを後押しする発言をしてしまう。ここまでなると、側室になる展開まで繋げるには、信繁の「心境の変化」を描かなければならなくなる。しかしそのようなシーンを作るのは難しく、機を失ってしまったのではないか。

振り返れば、秀次の側室の話では、きりが信繁に、止めてほしいとの気持ちで、何もしないと行っちゃいますよ、みたいな言い方をしていた。これは相手を試すようなやり方で、突き放されることになりやすい。仮に側室になる展開にしやすくするとすれば、きりの好意は確定しているので、例えば、「迷っているのか、なぜだ。よき話ではないか」「源二郎様のこと、お慕いしているからに他なりません」と正面から話して、信繁が返答に困る、それをみてきりが「もう、知りません」と離れる、といったやりとりはどうだろうか。または、秀次の切腹の後、きりが側室にならずによかったと話をしたとき、信繁が「あのときは、あんなこと言って、すまなかったな。」と一言入れても繋げやすくなったように思う。

2:正室の「はる」が面倒な性格だった

もうひとつ、信繁の正室となった「はる」は、石田三成から苦労するぞと言われ、思い込みの激しいエピソードを紹介され、九度山生活でも不安定になると障子に指をぶすっと刺し、きりに「面倒」と言われていた。これらのエピソードは楽しみであったが、はるとひと悶着起こさずにきりが側室になる展開を作るのは難しくなったように思う。

 

せっかくなので、側室になる展開を考えてみる

自分が考えるきり側室化の障害は上記2点であるが、そのままでも側室になる展開を考えてみることにする。

1:第二次上田合戦で信繁の「心境の変化」がある

信繁は、最初の妻である「梅」の第一次上田合戦での死を、結局乗り越えていないままである。乗り越える機会としては第二次上田合戦が絶好の機会である。これと合わせれば、きりに対する「心境の変化」のエピソードを入れやすい。上杉討伐に行く際、昌幸は女性たちに上田に来るように言っていたが、結局第二次上田合戦の時、きりは大坂にいたままだったようだ。だが、信幸の妻・稲たちは沼田に移動しており、この動きと合わせて上田に行くこともできたように思う。

そして、第二次上田合戦の中、第一次上田合戦での梅の行動を彷彿とさせるように、きりが戦況に応じて危ない行動をとる、或いは、きりやはるが上田に向かっている途中ときいていたが足取りがつかめなくなった(よもや、先を行った徳川軍と鉢合わせなどした?)などと信繁の不安を募らせるような事態が起こる。そんな中、無事な姿できりが現れ、信繁が思わず死んでなくてよかったと肩を抱きかかえる。きりは私(達)は死にませんよ、ついていきますよ、などと話す。このような展開で、好意までいかなくても、失いたくないという思いを抱くことを表すことができるように思った。道中できりとはるが助け合う展開が挟まれば、はるの性格の問題もクリアできそうだ。その後の九度山の障子のシーンはきりが側室でも目のかけ方が違いません?ということで成り立つように思う。

2:高梨内記九度山に付いていく際に昌幸と話す

きりの父、高梨内記は昌幸への忠義が深く、九度山に同行し、大坂の陣の最後まで付き従う。昌幸の死後は大助の祖父がわりのような役割も果たしている。ここまで後で深くかかわるのであれば、九度山に行く際に昌幸と直接話すシーンがあってもよかったのではないか。「お前も一緒に来るか。」「もちろんでございます。」「そういえば、おぬし娘がおったな、どうするつもりじゃ」「それは…」「なんじゃ、言うてみよ」「実は、その、ご縁ができたらよいと話しておりましたが、どうにもならなくなってしまいました」などとやりとりをして、昌幸から、きりを信繁の側室に迎え、親子ともよろしく頼むぞ、という話を出す、という展開はどうだろうか。

昌幸は九度山で衰えたように描かれる一方で、戦術を記して残すなど史実に従った行動をとっている。ここはひとつ、徳川家康に「生き地獄」などと言われたのに反発をし、何をその、わしでなくても信繁やその子などでやり返してやろうぞ、そのときに備えどんどん子供も作っておけ、と勢いを残し、一貫したキャラクターであったほうがすっきりしたように思う。真田昌幸文書も、死ぬ間際に突然話すのではなくて、信繁と一緒に策を練りながら、もし見つかったら大変ということで他の人にはわからない形でメモを残す、信繁だけがわかるといったように。そして、死の床では、犬伏の件や第二次上田合戦の砥石城の件などを引き合いに出して、信繁に、わしの策はお前や信幸と一緒に考えた策じゃ、自信を持て、などと最後に話す。そうすると、大坂入城時の信繁の態度もハッタリではなくなるようにみえる。

 

話題となったスピード展開

このように、きりが側室になる展開を勝手に考えてみた。ポイントなる第二次上田合戦と関ケ原の戦いはほとんど描かれずに終わってしまい、大きく話題になった。関ケ原の戦いのスピード決着は役者さんも驚いたとされる。真田家の視点から、という説明はつくが、石田三成大谷吉継についてあれだけ細かく描写したバランスからすると、その終わりについてもきちんと時間をかけて描かれるのでは、という期待が生じてもおかしくはない。大坂編は壁の落書きの件、瓜売りの練習、秀次の舞の稽古などは、時間をたっぷりかけているような印象であったことと較べても速く感じる。第二次上田合戦は、秀忠が時間があれば真田を討てたなどと後で息まいていたが、言われたとおり関ケ原の戦いに間に合っていたならそうも言えたが、間に合わずどちらも成し遂げられず大失態となった史実からすると、なんとも的外れな発言であり、違和感もある。合戦シーンなど制作費などの事情で話の筋も曲がったのであれば、残念に思う。ともあれ、ここまで来たので最終回まで楽しんで視聴していきたい。