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仙川上流と「思い出話」

休日は自転車で

私は生まれて以来自動車のある生活をしたことがなく、自転車は重要な移動手段であった。しかしながら、スポーツバイクは高価である(少なくとも5万円以上はする)との先入観があり関心を持つことなく、1万円台の自転車、特に昨年初めまでは20インチの折り畳み自転車で頑張っていた。ところが昨年ふと調べたところ、3万円程度で購入できる入門用クロスバイクがあると知って、喜び勇んで購入した。

サイクルベースあさひ」という大手チェーン店のオリジナルモデルで、その名の通り週末などの休日に使っている。普通の自転車と較べて圧倒的に軽くて速い。それでいて空気入れやスタンドなどは普通の自転車と共通していて使いやすい。すっかり相棒となっている。子供っぽいが、白い車体で風のように軽やかに走る感覚から「ホワイトウィンド号」と名前を付けている。

個人的に自転車で散策するテーマとして「川沿いを走る」というのがある。車通りも多くなく走りやすいし、自然に触れる機会も多くて楽しみがある。今回は「仙川」の上流部分を自転車で走って散策してみたので、簡単にまとめてみたい。実はこの上流界隈は小学生の低学年の頃一時期住んでいたことがあり、少し印象に残る思い出がある。デジカメを購入したことであるし、写真とともに当時の出来事を振り返ることにしたい。

仙川について

仙川-1(上流端から桜堤公園) - 武蔵野と水辺

仙川は多摩川の支流のひとつで、小金井市に上流端があり、武蔵野市三鷹市調布市、世田谷区を流れて野川に合流する川である。京王線の「仙川駅」はおしゃれな街として評判だ。今回は小金井市の上流端の標識から、かつて湧水があったとする三鷹市の丸池公園までを訪れてみた。この上流部分ではほとんど水が流れておらず、コンクリートでできた河道の上に「切梁」という補強の構造物が等間隔に並び、住宅街をうねる様に進んでいく。私が幼少の頃からすでに現況のような状態になっていた。

このように、土地勘がないと難しい住宅街で、川沿いに必ずしも道があるとも限らないことから、上のインターネットサイトを参考に、ポイントを調べた上で、上流端まで行き、そこから下流に向かって辿ってみることとした。

新小金井街道と接する上流端

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(仙川の上流端の看板。)

奥は新小金井街道があり、ここはラーメン街道として有名で、現にこの看板のすぐ近くに「ラーメン二郎」がある。下には穴が続いているが、この先を辿ることはできなくなっている。上のサイトによるとここからさらに西に行った場所ではかつて湧水があったそうだ。先日読んだ雑誌(東京人 2016年 05 月号 [雑誌])によると、武蔵野台地の地形図でいうと70メートル等高線と50メートル等高線で湧水がみられ、特に標高50メートルでは井の頭池や深大寺など豊富な湧水量を有するスポットが多い。70メートル等高線では、ここより北の黒目川の源流とされる小平霊園内の「さいかち窪」では数年に一度だけ出水があるなど、湧水スポットはあるものの継続的に豊富な湧水があるものは少ない。上のサイトの地形図をみても、仙川の流れはこの地形の仕組みと無縁ではなさそうだ。 

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(上:両岸に桜の木が並ぶ。下:山王稲穂神社。)

上流端から少し下った場所には団地があり、仙川はその中を通っているが、これまでの説明のとおり全く水は流れていない。両隣には桜の巨木が立ち並んでおり、近くには「山王稲穂神社」という神社が佇んでいる。

「切梁」と「秘密基地」

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(上:東小金井駅付近の切梁区間。下:浴恩館公園付近の切梁区間

団地を抜けると、人工的な河道に、その上にはコンクリートや鉄骨での「切梁」という補強が延々と続いていく。水は全く流れておらず、河道には雑草が生い茂っている。暗渠の区間も多く、表に出ている部分も脇に道路が通っておらず、車はもちろん、人が付近を通りかかることも困難な場所も多い。私が小学校低学年当時、この頃はまだ子供の無軌道な行動にも鷹揚な時代であったが、大人に見つかりにくく、また冒険心もそそられる絶好の場所として、密かな遊び場となっていた。身体が大きくなってしまった今にしてみればこんな狭いところに入り込むのは難しいようにみえるが、小学生当時は特に支障は感じていなかった。

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(道路と交差する場所で壁に落書きを発見)

偶然、道路の下を川が通る場所で落書きがあるのを見つけた。時代は変わっても入り込んで遊ぶ子供がいるようだ。今となっては具体的にどの場所だったか憶えていないが、私は、川と道路が交差する下の部分に「秘密基地」を作っていた。花や木の実、昆虫、セミの抜け殻、落ちていたアクセサリなど、辺りで採集したものを、これまたゴミ捨て場で拾った木箱の中に置いていた。「秘密基地」に集めた中で一番の宝物であったのは、小学校2年生の夏休みの始めに見つけた「ヘビの抜け殻」で、細長く、ちゃんと眼まで殻があるのに心躍らせたものだった。

この夏休みは「秘密基地」で「すーちゃん」という男の子と一緒に過ごしたのを憶えている。親の実家がこちらで、夏休みのうち数週間だけこちらに来ているということだった。すーちゃんは昆虫や動植物のことにとても詳しく、近くの雑木林などを駆けまわっては、物珍しいものがある場所などをよく教えてくれた。もともと住んでいる場所が自然の多いところで、どんな生き物がどんな場所にいるかは大体わかってる、ということであった。また、すーちゃんは空を見上げて、先の天気を当てるのも上手であった。そんな物知りなすーちゃんでも、私が見つけたヘビの抜け殻は珍しいもののようで、何度もすごいと言ってくれて、偶然ではあるんだけれども、少し得意な気持ちになった。

丸池公園までの「冒険」

ちょうどお盆の頃であったか、秘密基地に来たすーちゃんは懐中電灯を持ってきていた。そのうち、この川をたどっていくとどこまで行くのか、という話になり、すーちゃんは下流に向けて歩いて行こう、冒険しようと言ってきた。お昼も過ぎた頃だったので、今から行って大丈夫かなと口にしたら、この先に丸池公園ってところがあって、そこまでなら大丈夫と言われた。というわけで、川の中、暗渠の下も潜って、下流に向かって冒険に出かけることとなった。行ったのはこのときの一度きりだったので、当時の記憶はほとんどないが、思い返しながら進んでいった。  

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(上:浴恩館公園付近の標識、下:東小金井駅北側道路沿いの標識) 

ちょうど小金井公園正門から南に行った地点にある、浴恩館公園。仙川はその園内を流れている。緑がうっそうと生い茂り、仙川の標識も蔦が絡みついていた。公園はひっそりとしていて、池もあり、とてもいい雰囲気だった。黒いアゲハチョウが飛び回っており、何とか写真に収めようとしたのだが、非常に難しく、諦めてしまった。冒険のときは、まだ先が長いと思ったからか、川の中を進んでいたためか、こんな素敵な場所があるとは気が付かなかった。当時行けば、色々と発見があっただろう。

続いて東小金井駅の北側を走る大通り沿いを訪れた。標識がなければ用水路と見間違えてしまうのではないか、という場所だ。その標識も錆びて色褪せてしまっている。当時もこの道は車通りや人通りが多く、すーちゃんと2人で、通行人に見つからないように、と息をひそめて静かに進んでいった。 

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(上:桜堤団地内の公園を流れる。写真を撮る影が写りこむ(笑)下:親水公園にあるハスの実をズームで。)

仙川はさらに東に流れ、亜細亜大学キャンパスの北側にある桜堤団地にたどり着いた。今は建て替えられて綺麗なマンションが立ち並んでいるが、以前は上流端付近と同様の団地が並んでいたので、風景は全く変わってしまっている。この敷地内では、雨水を利用して仙川に水を流し、公園として利用がされている。中には、小さな池とハスなどの植物が生い茂る親水公園が作られている。 30倍ズームが売りのコンデジでハスの実の撮影にチャレンジしてみた。子供の姿も多く、活気のある街並みだった。 

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(上:桜堤団地を過ぎても水の流れはある。下:武蔵境駅南側。ここでは水はない。) 

その先は、武蔵境駅の北西から南東にかけて暗渠区間もありながら流れていく。武蔵境駅の南側で姿を現したときは、桜堤団地で湛えられた水はすっかりなくなってしまっていた。ここの暗渠区間は長く、すーちゃんと二人で懐中電灯に頼りながら、身をかがめて不安になりながら進んでいったのを憶えている。 

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人見街道と交差する地点から、水量が増え、遊歩道が始まる。) 

その先も住宅街の中を縫うように続いていく。吉祥寺通りと人見街道の交差点の付近に野川宿橋という名前の橋があり、橋の北側ではこれまで同様の切梁のある細い河道であったのが、橋の南側では一気に水量が増え、遊歩道が始まっている。地下からくみ上げた水を流しているとのことだ。ここまで武蔵境駅からも結構な距離があり、日も陰ってきたので、冒険した当時、ここで帰ろうとすーちゃんに話した記憶がある。すーちゃんは、丸池までもう少しだから、と言って、遊歩道に沿って二人で進んでいった。 

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(上:丸池公園にある勝淵神社。下:丸池。) 

 ほどなく「丸池公園」に着いた。中には「勝淵神社」という神社が建っていた。由緒によると、戦国武将であった柴田勝家の兜をその孫が水神の森に鎮めて社殿を建立した、ということである。近くには「丸池」という池があり、この水を引いて子供の教育用に稲を植えている場所もあり、園内の地図も子供の手作りといった感じでいい雰囲気であった。この丸池は近年になって復元されたもので、もともとは「千釜」といわれるほど多くの湧き水のある池があったようで、これが仙川の由来ともいわれているとのことだ。

すーちゃんとの冒険は神社のところでゴールということになった。すーちゃんからは、この辺りで生まれた、一度来てみたかった、ありがとう、と言われた。「千釜」の話も聞いた。さあ一緒に戻ろうと思ったら、すーちゃんはしばらくここにいるから、先に帰って、大通りをたどれば大丈夫だからと言った。結局一人で帰ることになったのだが、もう日が落ちていて、懐中電灯もすーちゃんが持っているし、帰り道はとても淋しく不安であった。

帰り着いたのは夜の9時も過ぎていて、母親が不安になって家の外に出てきていた。こっぴどく怒られてその後一週間くらい一人で外に出させてもらえなかった。といっても、台風だったか、翌日から大雨が降り続いて、いずれにせよ外で遊べるような日は少なかった。その後久しぶりに秘密基地を訪れたが、雨水が集まって仙川にも水がたくさん流れ、ヘビの抜け殻も含め、すっかり流されてしまっていた。すーちゃんとも結局会えず終いで、その後しばらくして引っ越した。

今になって振り返れば、すーちゃんは不思議な子であった。自然のことに詳しい、冒険のゴールは「水神様」にちなんだ神社、ヘビは水神様の化身のような扱いをされることも多い、「すーちゃん」という呼び名、冒険のすぐ後に大雨で川は危険な状態になり、これに巻き込まれなくてすんだことなどを考えると、ひょっとしたら仙川の主みたいな存在だったのかもしれないな、とも思える。そもそも「すーちゃん」自体が情緒不安定になりがちな子供が見た幻だったのかもしれない。 

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 (上:仙川内にいたシラサギ。下:丸池を泳いでいたカモ。)

仙川の遊歩道区間では、カモやシラサギなど多くの鳥を見ることができた。ここで「WX-500」のズーム機能が活躍した。 右の写真のカモは丸池で一羽だけ泳いでいて、私の方に近づいてきて鳴いていた。餌をせびっていたのかもしれないが、久しぶりに訪れた私への挨拶だったのかも、なんて思いを巡らせた。

「日記風創作話」の試み

ここまで読まれてこられて、不思議な話もあるものだと思われたかもしれない。申し訳ないが、「思い出話」はすべて「作り話」である。私は、そもそもこの界隈で子供の頃過ごしたこともないし、柵のある川に入るなんていけないことはしていないし、秘密基地を作ったりもしていない。落書きをみつけたのをきっかけに、先日の記事(コンデジのある生活へ)で書いたように、撮った写真と創作話と絡めてみる、というのを試してみた次第である。ひとつのスタイルとしてできるならば、また楽しみとしてやってみたい。自転車での散策は、等々力渓谷か、大栗川(多摩川の支流のひとつ)はどうかなと考えている。