八王子の彼女(3)

(あらすじ)八王子の大学に通う雄太は、高校時代からの友人の貴仁に誘われ、市内の大学等が集まり地域振興等を行う学生団体に入った。先輩メンバーの麻里奈に憧れを感じている。/(バックナンバー)八王子の彼女(1) 八王子の彼女(2)

「ユーロードに立つ」

ニコニコ生放送「『ある文系大学生のひとりごと』・・・もうすぐコミュニティ1年になります!『ある文系浪人生のひとりごと』から無事進化しました。毎週土曜日の夜、学んだことや、気になるニュースなどをまったり語ります。」視聴者数2ケタ、コミュニティ登録者10人未満、それも大部分は登録返し。「不祥事起こしたわけでもないのに、気分で辞めさせられるって怖いですね。機嫌がいいか探りを入れてからじゃないと話しかけられないって、めっちゃストレスに思います。」・・・「これまで気後れしてたんだけど、ついにリアル始動というか、サークルに入ったんですよ。サークルというか、いきなり本格的な学生団体でさ、不安なんだけど。明日はイベントがあるので早起きしまーす。」

雄太は、高校時代からひっそりとインターネットで個人ラジオ番組のようなものを配信していた。顔出しはしたことがない。他の配信者の番組にコメントを書き込みもするが、匿名のままにしている。実生活で積極的になれず溜まるフラストレーションの解消、話す練習、一週間の振り返り、そんな理由で雄太の生活の一部になっていた。最初は好きなFMラジオ番組の真似事だったが、最近はコーナーごとジングルなど用意したりするなど、慣れてきた。貴仁をはじめ、知人にはこんな活動をしていることは、もちろん話していない。インターネットでは実生活の一部や延長として使う人と、実生活と切り離した人格を発露するために使う人がいるが、雄太は後者だった。個人の映像配信はツイキャスやユーチューブも盛り上がってるが、どちらかといえば前者の世界のような気がして、今のところ移る気はない。

「おつー。イベント楽しいといいね!Rose 」

放送が終わりに差し掛かったとき、コメントが書き込まれた。半年以上前から聴いてくれているようである。どこの誰かもわからないが、Roseというネームから女の子なんじゃないか、と雄太は考えていた。物好きだなと思いつつも、聴いてくれるのは嬉しいし、最近はコメントがないと寂しいと感じる。

「Roseさん、いつもありがとうです。ではまた来週ー。」

 

  

 

翌朝、天気は心配されたが無事雨にはならず、学生天国は通常開催の運びとなった。八王子駅北口、東急スクエアの正面出口が待ち受ける交差点から北西にまっすぐ伸びるユーロード。週末は自動車は通行せず、通りの真ん中にテントが立ち並び、様々なイベントが開催されている。雄太は、テントや段幕の設営などの準備を終えると、はっぴを着て交差点付近でチラシを持って、通りかかった人に声をかけて、展示やステージを見てもらおうと呼び込みをした。一度きりで話す内容も決まっている関係では意外と普通に話せて、こなすことができた。雄太が特に苦手なのは、大人や異性から評価の視線を送られるときで、誰でも好きなシチュエーションではないだろうが、話して対処するよりも、萎縮してできる限り回避しようとしてしまう。黙ってやりすごして被る不利益にも耐性ができてしまっていた。

「よう、お疲れー。 昼飯がてら、見て回らないか?」

貴仁が声をかけてきた。最初は人もまばらだったユーロードも、お昼が近くなってずいぶんと賑わっていた。展示スペースには、鉄道のジオラマ、ソーラーカーなどが目を引いた。3つあるステージでは、プロレス、アカペラ、スカの演奏など様々展開されていた。2人はちょうど真ん中にあるラーメン屋「びんびん亭」に入る。創業してもうすぐ30年になるという、伝統のあるお店だ。つけ麺がメインのようだが、八王子ラーメンもあるようで、雄太はせっかくだからとラーメンを注文した。学生なので無料で大盛りにしてもらった。八王子ラーメンは出し物の景品としても使われていた。醤油味のスープに、刻み玉ねぎを使うのが特徴だ。

「どうよ?なかなか楽しそうにしてんじゃん。」

「そうだねー。誘ってくれてありがとう。」

「そんなのいいって。何かやりたいことできた?」

「うん、例えばさ、ユーロードの入口と、一番大きなステージのところにでも大型スクリーン置いてさ、BGM流して、出し物の実況したり、大学の紹介の映像を流したりできたら、通りがかりの人も興味持ちやすいし、イベントの一体感も高まるかなー、とか。」

雄太は街頭に出てふと思ったことを口にすると、貴仁は驚いたような顔をした。

「雄太、いいね、それ。すごい、ちゃんと考えてるんだ。今度、麻里奈様に話してみよう。たぶん来年の委員長になるだろうからさ。」

雄太は、自分のアイデアを褒められたらことよりも、貴仁が麻里奈のことを様付けで呼んだことに驚いた。麻里奈はAKBのマリコ様とは雰囲気は違うし、時代も変わっている。

「えっ、麻里奈『様』って? だって彼女、完璧だろ?委員会の活動も中心的にやってくれるし。神々しくて、マリア様みたいな、そんなイメージでメンバー間でそう呼んでるんだよ。もちろん本人の前では言わないけどさ。」

女神のように思ってたのは皆も一緒だったとわかって、雄太は安心した。貴仁の話に全力で同意をして、ラーメンを食べ進める。隠れてやっている個人ネットラジオ配信の真似事も、意外なところで実生活で役立つこともありそうだとわかり、それも嬉しく感じていた。

 

(目次)

 

今回出て来たスポットの紹介

ユーロード(西放射線道路)

84 西放射線ユーロード|八王子市公式ホームページ

hachi-navi.com

八王子駅北口から北西側にまっすぐ伸びている商店街のある道路。週末には道の真ん中にテントが立ち並び、色んなイベントが開催されている。途中に小さな公園もあり、雰囲気がいい。前回から取り上げている「学生天国」の様子は、上のリンクをみるとわかりやすいと思う。

ユーロードは通りに面しているお店はもちろん、一本奥に入ってみると、年季の入った面白い、八王子ならではの看板の商店が多いな、と感じた。今後本編でも取り上げるかもしれないが、看板ウォッチャーみたいなテーマで歩いてみても楽しそうだ。

 

「びんびん亭」ユーロード店

8dabe.com

八王子ラーメンは、刻み玉ねぎが入っているのが特徴のご当地ラーメンである。まだ全然行ききれていないが、まずはユーロードにあるお店を出してみた。八王子ラーメンを追求する地域サークル・ホームページもある。

八王子ラーメン | 八麺会お薦めラーメンサイト

 

個人による音声・動画配信の時代

今回の話では前半部分でニコニコ生放送など個人の動画配信について取り上げてみた。私の学生時代もニコニコ動画がそれなりに盛り上がってはいたが、個人で放送するといったことをする人は周囲にも全くおらず、私も生放送・ツイキャスUstreamyoutube動画投稿のいずれも一度もやったことはない。ただ、自分が10代後半の頃に今のような状況だったら、絶対やっているな、と思う。インターネットは当初マスクをしてまで顔出しはできる限り避け、日常生活から切り離された場という文化であったが、今では日常生活の一部という位置づけが強くなっている。個人的には、昔ながらの方が好きではあるが、時代の流れには逆らえない。ただ、現実に踏み込まないかたちで交流を持ちたいと思う場面は必ずあると思うので、形を変えて存続していくだろう。

 

次回は違うテーマの記事を投稿するつもり

3回にわたって同じテーマの投稿を続けている。気楽な小話であるからか、電車の中などですいすい書けて、他のテーマの記事より先に出来上がってしまう。といっても、あまりに続くのもどうかと思うので、次回はそろそろ違うテーマの記事を投稿したい。