やりたいことがなかった少年時代
最近、ミドルエイジクライシス、定年退職後、FIRE後などの様々な場面で、「やりたいこと」がないという話をよく目にする。私は学生時代からこの課題に直面してきたので、私がした折り合いのつけ方についてまとめてみたい。
私は少年時代、やりたいことがない子供であった。幼稚園から小学校4年生くらいまで地域のサッカー少年団に入っていたが、全く活躍できず、試合でただの1点も取ることがなかった。高校生になって、シュート時のボールの蹴り方が間違っていたことに気がついた。ピアノも幼稚園から大学生まで通っていたが、指を寝かせないと鍵盤にカチカチ当たってしまう爪の生え方をしていたので、向いていないなあ、と思いながら続けていた。少年時代は親から与えられたまま続け、自分から辞めると言うことが選択肢になかった。成人してから、ボーイスカウトみたいなのをやりたかったと親に言ったら、言ってくれたらやらせたのにと言われた。
中学になって硬式テニス部に入ったが、その動機は大学生になったらやるイメージがあったからというものだった。技術の上達やラリーは楽しかったが、一対一の勝負事が好きではなく試合に出る時期になってやめた。そして大学生になったらテニスサークルのウェイな雰囲気が合わないとやらなかった。中学ではその後さそわれて吹奏楽部に入ったが、楽器のメンテナンスにお金がかかって大変と思いながら高校の引退までやったが、その後は続けなかった。
私は塩野七生の著作で知ったルネサンス時代の人物であるイザベッラ・デステの「夢もなく、恐れもなく」という言葉がいいなと思っていて、変に自己主張せず周りに合わせて卒なくこなすことには価値があると考えていた。これは一面の真実ではあると思うが、大学後の進路選択にあたって深刻なモチベーション枯渇に悩まされることになる。就活を割り切ってやればよかったが、自己分析とか真面目に捉えてしまったのと、当時吃音があって慣れない場面でのコミュニケーションに不安が強かったため、それまでの何となくの勢いで乗り切ることが難しかった。
脳の仕組みを参考にした「快」と「不快」の区別
それで自分のやりたいことは何かなと考えても、そもそも自分のやりたいことが何かを意識したこともなかったので、全くわからないのである。その際に、脳の仕組みとして、外からの刺激に対しまず扁桃体が情動的に脅威かどうかの反応をし、それから前頭葉が理性で整序するという知識があった。これを参考に、これまで理性や理屈による正解の判断が先回りしすぎて本能的な「快」と「不快」を抑え込んできたのだと考え、様々な場面で自分が何が「快」で何が「不快」と感じるかを見つめることとした。
そうすると、最も不快と感じるのは「評価される視線」だというのがわかった。そもそも自分が他人から評価される枠組みの中にいること自体が不快であった。評価される視線から離れ、自由に振る舞うことを許される一目置かれたポジションを得るために、よい成績をとるよう頑張ってきた。他方、自ら新しく大勢の人に分け入って評価の視線を浴びながらアピールして最後までやり遂げることはとてもハードルが高い。
また、最も快と感じるのは「気ままに思索すること」だというのがわかった。毎日通る道を変えたり教室の座席を変えたり気分を変えて、様々なことを考察する。ある話を聞いたら別のにた話を思い出して共通点を考えたり類推したりする。その結果生まれるアイデアは面白いと思ってくれる人がいるにこしたことはなく、実際いれば嬉しいけれども、上記のように自ら分け入ってアピールするのは嫌で、基本的には自己完結でもよい。
最終的に選択した進路は、これらの快と不快の特徴に照らし、現実的にあった選択肢として最善といえるものになった(ただし仕事の物量が多いのが悩み。)。また、趣味としても、大学で初めてやったカラオケ(歌)が一番好きであるということ、思索したことをこうしてときどきブログなど文章にして残すこと(なお、最近投稿が増えたのは、はてなブログのスマホアプリをインストールして移動中等に入力するようになったからである。)というのが明確になった。
人にはタイプがあるということ
MBTIという性格タイプ分けの理論がある。これを知って思ったのは、人にはタイプがあり、同じことでもストレスを感じる人もいれば反対に喜びを感じる人もいるという当たり前のことである。それまでは、社交もできて朗らかでその他あれこれと理想の人間像みたいなものがあって、それに自分が及んでいるか足りないところは何かといった思考に陥っていた。タイプを自覚することにより、どういうアプローチが向いているのかということが分かるとともに、他者の振る舞いから無闇なプレッシャーを感じることも緩和された。
私が今MBTI診断するとINFP(仲介者)になる。きっと快と不快を見つめ直す前はINTP(論理学者)であったと思う。自分の感情を大切にすることによって、理屈から感覚重視に変わっていったのだろう。なお、spotifyなどでタイプ別のプレイリストがあるが、好みの曲が見つけやすくておすすめだ。また、MBTIの概要は以下の過去記事を参照されたい。
以上、脳の仕組みに合わせて自分の中の「快」と「不快」を見つめ、向き不向きや得意不得意を自覚することで、納得できる選択をする実体験をまとめてみた。様々な情報が飛び交う中で同じように自分を見失っている人もいると思うので、幾ばくか参考になったら嬉しい。



